mathichen独話【Hatena版】

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時空を越えて ラララ 歌の翼♪

紅白歌合戦】美川さん落選余波「総合的判断で届かなかった」とNHK
2010.11.24 19:32

昨年まで19回連続で紅白歌合戦に出場し、合計では26回の“常連”だった美川憲一が今回、選に漏れた理由について、紅白の井上啓輔制作統括は「NHKが全国5千人を対象に行った世論調査や、CDの売り上げなどの参考データをみて、総合的な判断で(出場枠には)届かなかった」と述べた。

小林幸子との「豪華衣装対決」のイメージが強かった美川だが、NHKは「この数年、衣装対決は意識していなかった」とそっけない。

ただ、美川の連続出場に“致命傷”となったのは本人の問題ではなく、放送時間の短縮だった可能性が高い。スタートが昨年は12月31日午後7時15分だったが、今年は同7時半からに変更。井上制作統括は「今年は放送時間が15分短縮になったこともあり、(出場)枠が少なくなった。その過程において(美川は)漏れた」と説明した。

( 出典先:MSN産経ニュース
『歌謡曲』の括りで、演歌からアイドルまで幅広い世代をお茶の間に集めていた時代は遠くなりにけり
ネット主体TV離れでなくても、音楽業界も様変わり細分化してますしね
 
だったら、この際思い切ってドドーンと!超時空な世界にしませんか
 

いまや還暦過ぎて、まぁそれなりに格好良いですけど
 
                               浪花恋しぐれ
 
岡千秋は、岡山県出身
横溝正史の‘悪魔が来たりて笛を吹く’によれば、岡山弁は標準語アクセントと同じ
京都出身の都はるみから相当な関西弁シゴキあって?違和感無く立派ながらも
アタシはやっぱ、鳥取生まれながら京都育ちのジュリーで聴いてみたいもの
大阪生まれ京都育ちの藤山直美と、紅白版夫婦善哉、どないでしょ~
 
ところで、紅白での都はるみといえば
 
『ミソラ事件』
1984年12月31日、「第35回NHK紅白歌合戦」で総合司会を担当。この紅白でラストステージを公言していた都はるみが、涙のアンコールを終えた直後、得点集計に移ろうとした生方は、「もっともっと、たくさんの拍手を、ミソラ…(首を振りながら絶句、一瞬固まる)、ミヤコさんに、お送りしたいところですが…(後略)」と、都の名前を美空(ひばり)と言い間違えてしまうという失態を演じた。この映像はNHKの公開ライブラリーで視聴することができる。

その場で指摘したものは誰もいなかったとされている。しかし翌1985年の年明けからこの事件に関して、当時は単なる言い間違いでは済まされないものとされ、週刊誌やワイドショーなどでも大きく取り上げられるようになった(現在では紅白歌合戦でもこう言った演出はある程度認められている)。生方本人も当時放送総局長だった川口幹夫の提案で、1月9日に一言謝罪の言葉を述べていたものの、その後に生方が異動や退局したことで、話が大きくなってしまった一面がある。理由としては美空ひばり#母・喜美枝との二人三脚時代以降を参照のこと。

生方本人によると、その後7月にあった大阪局への異動は、紅白前からすでに内示のあったものだったとしており、退局の理由は異動後の役職がアナウンスから離れていたもの(栄転)であったから、さらに週刊現代2005年1月1日号では、夫人の乳がん手術による単身赴任を嫌ったものとして、「ミソラ事件」の影響という説をあえて否定している。

ただ、同じく週刊現代2005年1月1日号での述懐で「『はるみちゃん』と呼ぼうとするのをNHKらしくするために『都はるみさん』ととっさに変えたことに間違いがあったと反省しており、それは徳光和夫に指摘されたとのことである。

白組司会を務めていた鈴木健二は、「私に一分間時間をください!」(アドリブでアンコールを入れた)発言からによる進行の混乱を招いたことが原因と捉え、フォローできなかった点とあわせ、「申し訳なかったと思っている」と述懐している。

美空ひばりはこの時、浅丘ルリ子らと自宅のTVで紅白を観ていたが、「あ、ウブさん、いまヘンなこと言ったよ」と浅丘と思わず顔を見合わせ、「ウブさんったら、私のことホント好きなんだから」と苦笑したという。都はるみは後日「あんなこと(NHK退職)になっちゃって、あなたも大変だったわね」、数年後の復帰公演の楽屋では「少しは気が楽になったでしょう」「肩の荷が下りたでしょう」などと直接生方に声を掛けており(生方からは「はるみちゃん、戻ってきたんだね」と返事したという)、当事者の二人は生方に対して同情的であり、事件後も親交は続いていた。

Wikipedia:『生方恵一』より引用 )
 
何かと場所食う巨体スズキの親父が悪いんだよッ
生方さ~ん、お元気ですかぁ。以下の奴こそ一番のアレ、生方さんなんて罪はございませんよ~
 
これが光GENJIだったら、ローラースケート履きだから舞台上で惨劇でしたぞ。もお(怒)
 
なお、NHKに対しては次のような希望も持っております
1966年大晦日、紅白を観る両親ジジババ一族郎党に抗えず
地球を救うため太陽に突っ込んでいった勇敢で心優しいアトムの最期を見届けられなかった子供ワンサカとか
2002年、BSでのアトム特番の際、「今回観せなきゃ、受信料払わん」系投書ワンサカでも?