mathichen独話【Hatena版】

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悲しむ者は幸いである。その人は慰められるからである

1・17から3・11へ 二つの震災の地で鎮魂の祈り

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から17日で17年を迎えた。死者・行方不明者が1万9千人を超えた昨年3月の東日本大震災から初めて迎える1・17の日。二つの大震災の被災地で、互いの犠牲者を悼む鎮魂の祈りが重なった。

神戸市中央区の東遊園地では、17年前に地震が発生した午前5時46分に黙祷(もくとう)。命、絆、希望、共に歩む、1・17から3・11へ――。「1・17」の形に並べられた竹灯籠(とうろう)に書かれた祈りの言葉が、ゆらめくろうそくの炎に照らし出された。

一方、岩手県陸前高田市宮城県石巻市など、東日本大震災で被災した各地でも、発生時刻に合わせ犠牲者を悼む祈りが捧げられた。

神戸の追悼のつどいには東日本大震災の被災者も参列。1・17を機に生まれ、3・11の被災地にも広がった歌「しあわせ運べるように」に聴き入 り、阪神の遺族らとともに慰霊の献花をした。東遊園地には午前7時までに約5千人が訪れた。東日本大震災が起きた午後2時46分にも黙祷する。

参加した宮城県名取市の佐々木一十郎(いそお)市長は「失われた街の復興がこれからの課題。神戸があの壊滅的状況から立ち直った過程はいろんな意味で参考になる。『復興できるんだ』という勇気をもらえる」と語った。(深津純子)

( 出典先:asahi.com



早朝、神戸サンテレビにチャンネル合わせました



1995年当時は幼かった世代が親になり、『1・17』の持つ意味を自分の子供に説明するのが難しい他方では
生活面ではまあ不自由無くなったものの、家族離散などから、孤独死を迎える高齢者が少なくありません
復興復興といいますが、街並みは元通りになっても、心の復興まではやはり克服し難く厳しいものなのでしょう



『家族を亡くして6年、再婚は?』
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0911/442516.htm?o=0&g=04



このトピ主さんの場合、事故で夫と子供を同時に喪ったのですけど
地震災害でも似た思いを抱える人は多いんじゃないですかね



自分のせいで亡くなったのではないし、裏切りや酷い事をして別れたわけじゃない
亡くなった存在のことは絶対に一生忘れられるものではないが
亡くなられた方々は、生きている方の幸せを願っている
目の前にいる方が本当に誠実で自分の事情をよく知っていて
尚、幸福にして下さると言う言葉を信じることが出来るなら…
6年だろうが17年だろうが、若かろうが中高年だろうが、もう幸福になることに躊躇すべき理由はどこに?



哀しいかな、心無い人はどこの世界にもいます
自分では如何ともし難い年齢、性別や成育環境を理由に、人格否定される屈辱感を知らない
危険性や倫理的に正当な理由が無いのに、子供いながら離婚して再婚するようなバカモノ親
一度も人生破滅するほどの経験持たないで上から目線で説教する
一度失った人生を立て直す本当の厳しさとは無縁のオメデタさ
といった、心は貧しい似非中流人種、持てる者の傲慢さに満ちた偽善者が大半ですよ
自分の利益のため相手を繋ぎ止めておきたいなどの腹黒さもあるかもね
大事な存在を喪ったり、生きる意味が見えない経験したり、自身はしなくても想像してみる努力は出来るだけに
何にせよ、痛点ゼロで無慈悲な輩はいずれ因果応報食らうと、ほっときゃよろしい